ことばdiary

特別支援教諭を辞める小1の母

外部委託があればいいのにな

こんにちは、kinosatoeです。

 

フルタイムで勤務する先生方の仕事って、本当に激務です。

 

子どもたちの教材作ったり、授業案練ったり、教室の環境整備したいのに…

 

来週の時間割出さなくちゃ。

クラス通信作らなきゃ。

給食の欠食届け出さなくちゃ。

学校運営の方の会議資料作らなきゃ…

 

どれも全て、子どもたちに還っていく仕事には違いないのですが、肝心なことが十分にできていない!と感じてしまう先生方は多いのではないでしょうか?

 

私は、ずっとそんな葛藤がありました。

 

 

今回は、「非現実的かもしれないけど、あったら助かる外部委託や仕組み」について書いてみます。

 

 

まず1つ目。

クラス通信を作ってくれる。

 

日々の連絡帳や、必要に応じて電話連絡にて、子どもたちの様子がご家庭に伝わるように努力しています。

小学部は特に、お話ができないお子さんが多いですし、単語など言葉はあっても、学校の様子を説明するのはさすがに難しいものです。

 

そこで、安全確保や授業の充実を前提に、子どもたちの様子を写真に撮って、通信に載せたり回覧したりしている学校は多いと思います。

 

百聞は一見にしかずとも言うように、写真を見るだけで、授業の様子が簡単に伝わるケースがあります。

 

ですが、この通信を作るという仕事がすごく手間がかかるのです…

1人だけ写真が少ない、など差ができないように写真を選んだり。

状況が分かる説明を少し添えたり。

Wordの操作自体が苦手だと、なおさら時間がかかったり。

 

なので、業者なのか、AIなのか分かりませんが、いい写真を選別して、全員が均等になるようにチェックしてくれて、コメント欄を作ってくれて…というような、外部委託があればいいのにな〜と想像します。

 

個人情報の点で難しいかもしれせん。

 

 

 

続いて2つ目。

教室の掃除。環境整備含め、です。

 

どんな学校でも、児童生徒が掃除を行う場面はあるかと思いますが、小学部段階では正直、掃除を学ぶ時間であることが多く、キレイに整うわけではありません。

 

何か落ちていたら異食をするお子さんもいます。

破損した物であれば、危ないと分からず怪我をしてしまうかもしれません。

 

物がいつも決められた場所にあることで、例えば「お片づけ」の学習がしやすかったり、「勝手に持って行かずに先生に要求する」学習がしやすかったりします。

 

また、コミュケーション用の小さいカードが、破損したり無くなったりすることも多いです。

それらを見つけたり、所定の形式に戻したり、作成・補充までして整えてくれたら最高です。

 

 

まだまだありますが、最後の3つ目。

求めている教材の調達や、単純作業の補助。

 

児童それぞれに合う学習内容や支援具を考えるのは担任の仕事だと思いますが、例えばピンポイントで

「緑色の小さいケースが欲しい」とか

「片足だけズボンを脱いでる画像が欲しい」とか

「このパーツを大量に作って欲しい」とか

 

その担任さんじゃなくてもできそうな、補助的なことを頼める仕組みや委託があるといいなぁ…と思います。

 

 

 

日々、子どもたちのために尽力している先生方の助けになるような仕組みがあれば、負担が減り、働きやすくなり、子どもたちによりよい支援指導ができるようになると思うのです(^^)

 

お読みいただき、ありがとうございました。

教員が心を病む要因のひとつ

こんにちは、kinosatoeです。

 

暑い日が増えたり、強い雨が降ったり、季節の変化を感じますね。

 

今日は、私自身が感じてきた心の負担や、

これまで見聞きした、他の先生方が心を病んでしまった時のことについて、思うことを書いていきます。

 

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どんな職種でも働くというのは大変なことで、様々な苦労、責任、ストレスがあるかと思います。

 

教員という仕事で疲弊する要因は、時間外労働、捌ききれない業務、指導の悩み、保護者対応…など多岐にわたります。

 

その中でも、今日は「相担任との関係」について、取り上げます。

 

休職されるほど心を病んでしまったケースは、これまでに数名見聞きしてきましたが、プライベートの深いところまで知っているわけではありません。

ですので、あくまでも一側面として捉えながら、書きたいと思います。

 

また、特別支援学校の現場を想定した内容になりますので、他の校種とは違う場面もあるかと思います。

 

 

例えば、指導支援で悩むとき、強くネガティブな言葉を使うお子さんの対応でへこんでしまうとき、そして自己嫌悪に陥るとき、そばにいる相担の先生の協力やフォローがあれば、自分一人で抱え込むことはないでしょう。

 

また同様の負担が保護者さん相手であったとしても、同じことが言えると思います。

 

教員自身のご家族や友人でも、もちろん支えて励ましてくれると思いますが、相担さんとの違いは、

「辛さを自分ごととして理解しやすいこと」と、「その時、側にいること」かなと思います。

 

常に側にいますので、きつい・難しい・どうしようと思ったその瞬間に、協力し合うことができます。

自分からヘルプを出したり、相担さんから助け舟を出してくれたりすることもあります。

後で振り返ったときでも、「あの場面かぁ〜大変だったよね」と共有することができます。

 

他には私の経験として、業務に追われて苦しいとき、「十分できてるよ」「大変そうだね無理しないで」「今日はもう帰ろう」と、側で声をかけてくれる相担さんに何度も救われました。

 

そして、「自分は一人じゃない」という安心感も与えてくれると思うのです。

 

 

 

教員という仕事や、障害のある子どもたちに接することが、得意でなかったと気付くケースもあるかもしれません。

業務全体の大変さにギブアップするケースもあるでしょう。

 

このケースでは、心まで病んでしまうことは少ないのかな…と思うのです。

 

私自身、教諭を退職した大きな理由は、フルタイムの勤務に疲弊してしまったこと、我が子との時間を優先したかったこと、です。

もちろん、先の投稿で書いた通り、本当に毎日大変で心身ともにすり減っていた感覚はありました。

 

でも、職場に行くのが辛いということではなく、大好きで尊敬する相担さんと一緒に働くことができ、毎日笑っていました。

 

 

 

では逆に。

相担さんとの関係に不安があると、どうなるでしょうか。

 

社会の中で、接しにくいかな?と感じる他者は少なからずいると思います。

教員同士でも、相性と言いましょうか…。客観的に見ても接しにくそうだなと感じる方はいます。

 

例えば、

信念をもって支援指導を行う人の中には、自分の思いが強く、相担さんとの折り合いが悪い先生がいます。

お互いが同じような職歴であればいいのでしょうが、そうでない場合、経験の浅い先生の負担が大きくなると感じます。

 

自分の思いを我慢をしたり、常に気を遣ったり、良かれと思ってくれたアドバイスが心にグサッと刺さったり…。

相談やヘルプを出すことがしにくくなり、かと言って周囲の人に「相担さんのことで悩んでいる」とも言いにくいかもしれません。

(ここで打ち明けられる人、ケースでは、病まないのでしょう。)

 

 

ただし、相性によっては、片方が追い詰められてしまうような事態にはなりません。

近い年齢で、タイプの違う強い先生同士だと、「あぁ、また一悶着…」とはなりますが、どちらも心を病むことはないと思います。

見ている周りはヒヤヒヤしますが(苦笑)

 

 

 

また別の例では、

明らかにキツくあたる相担さんもいました。

常に一緒にいるからこそ、「児童のちょっとしたことに気が付かない」「何度言ってもミスする」などと、短所が気になってしまうのです。

 

何度も言うようですが、特別支援学校小学部の日常は本当に大変で、みんな精一杯やってらっしゃると思います。

だからこそ、「もっとちゃんとして!」と相担さんに求めてしまい、キツイ態度になったのだと…思います。

 

このケースでは、3人担任のうち1人が適応障害でお休みをされることになってしまいました。

診断として、「職場に原因があるから離れましょう」ということです。

 

 

 

同僚としては、やるせない思いと複雑な思いでした。

キツイ対応をしていた先生は、私が知る限りはそのような姿はなく、私自身も楽しく過ごさせてもらって尊敬する方でした。

 

お休みされることになった先生は、明るく熱心な方で、確かに聞くところによるとミスが目立つ場面もあったけれど、周りがフォローすれば避けられたのでは…と思えてしまう内容で。

 

そして、かなりしんどいみたいだよ…という頃まで、気付かなかった自分もいました。

各々が自分のクラスで手一杯で、他のクラスを把握しきれない。正しくは、児童のことはフォローし合っても、相担の関係まで気が回らない…という感じです。

(この頃は時短勤務でしたので、放課後の業務の様子は知らなかったのです。)

 

 

児童や保護者、業務のことで大変な時に、側にいる相担さんにちょっと相談したり、息抜きの会話をしたりすることもできず、逆に、うまくいかない部分を責められてしまったら…

心の負担はものすごく大きいと思います。

 

仲の良い同僚に相談することはできても、毎日側にいる相担さんとの関係性というのは、周囲がフォローしにくい事柄なのかな…と感じます。

 

 

私自身の経験ですが、重複障害(知的と肢体)のある児童たちのクラスを初めて担任した時のことです。

 

年数的にも大ベテランさんで、肢体不自由の障害のあるお子さんに特に詳しく、学部全体の場での発言力もある方がいらっしゃいました。

相担ではなかったのですが、特にかかわりが多かった方です。

 

私は異動して1年目、重複クラスの担任も初めてでしたので、新人である私のことを気にかけてくださったのだと思います。

何よりも、その方が前年度に担任されていたクラスに配属されたので、引き継ぎという意味でも、アドバイスや、良くなかった点の指摘、保護者さんの情報などたくさんのことを伝えてくださいました。

(医療的ケアを必要とするお子さんはみえませんでした)

 

「せっかく教えてもらったのだから、その通りにできなかったらどうしよう」

「自分なりにはできたつもりだったけど…違ったのかな」

「大ベテランさんの後、新人が担任になって、保護者さんも不安だろうな」

などと考え、心の負担を感じるようになりました。

 

新しい環境で、自分の居場所を感じにくかったという要因も重なったと思います。

 

そして、言葉の端々にトゲや嫌味みたいなものを感じ取っていました。

 

 

その方と話すたびに、心がズーンと暗くなる気がしましたが、助けてくれたのは相担の2人の方でした。

 

おふたりとも大ベテランさんでしたが、「そんな感じで合ってるよ」「〇〇くんも嬉しそう」などと、良いところを見つけて伝えてくれました。

そして一方的に教えるのではなく、何事も一緒にやろうとしてくれました。

 

また、相担ではないその先生についても、「言い方キツイけど気にしなくていいよ」「皆んなにあんな感じだから」「私もちゃんと知ってるから、分からないこと何でも聞いてね」などと、いつも側でフォローしてくださいました。

 

私自身、「あんな言い方しなくてもいいのに」と、反発精神をもちながら頑張りつつも、前向きになりきれない状況でした。

もしも、おふたりが相担さんじゃなければ、きっと心を病んでいたなぁ…と思うのです。

 

 

 

その翌年、

心がズーンとなってしまう先生と相担になりました。

 

1年目の相担さんの支えのおかげで、少々トゲのあるアドバイスでも、内容だけはきちんと受け取ることができるようになりました。

実際にできることも増え、自身も付き、少し接しにくい時はあるものの、ズーンと落ち込んでしまうことはなくなりました。

 

思い返してみると、ただその先生が悪かったということではなく、状況やタイミングも大きな要因だったと感じます。

自分一人で勝手に思い悩んで病んでいた可能性もありますしね。

確実に言えることは、「私は素敵な相担さんに救われた」ということです(^^)

 

 

大変な職場で、毎日一緒に過ごす相手だからこそ、何か相性やタイミングが悪いと、心を病んでしまう要因になり得る。

でも、側で支え合って頑張ることができれば、何よりも心強いパートナーになるのだなぁと思います。

 

 

正直なところ、

「誰を(児童)担任するか」よりも

「誰と(相担)担任するか」の方が気になるところだったりします。

 

どこかで書いたかもしれませんが、お子さんは、誰を担任しても、心構えやすべきことは変わりません。

 

でも、相担さんによっては、自分の立ち位置や頑張るところ、負担となるところがずいぶん変わってきます。

 

私自身は、相担さんに確実に情報共有や相談をすること、躊躇わず助けてもらうことを意識しています。

そして、相担さんにとっても同じように思ってもらえるよう、過ごしやすい相手でいられるよう、心がけています。

…が、相性もありますので、慢心はダメですね。

 

 

 

書いてみて思ったことがひとつ。

 

ご家庭にとっては、「クラスのお友だちが誰か」と「担任が誰か」は、どのくらい気になる事柄なのでしょうか。

 

書いた内容によると、お友達より担任が重要…になりますが、立場が違うので何とも言えませんね。

 

ちなみに、我が子のことを考えると…

担任さん8割、お友だち2割くらいが、気になる度合いでしょうか。

お友だちは人数がたくさんいるし、色んな子がいて当たり前ですが、担任さんは1人ですものね。 

 

 

最後、タイトルから話が逸れましたね。

 

お読みいただきありがとうございました(^^)

年度はじめ、特に気を付ける重要なこと

こんにちは、kinosatoeです。

 

GWが明けて2週間が過ぎましたね。

新学期のバタつきがようやく落ち着きつつあるのかな…と感じます。

子どもたちも先生たちも、少し慣れてきた、という感じでしょうか。

 

学校運営の業務の話は置いておいて、クラスの様子について書こうと思います(^^)

 

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さて、

年度はじめに特に重要だなぁと感じることを、3つ挙げて書いていきます。

重要でかつ大変なこと…とも言えます。

 

 

一つ目は、やはり新1年生の指導支援でしょうか。

保育所や幼稚園に通っておらず、入学して初めて集団生活を経験するお子さん、週に数日療育に通っていたお子さん、毎日保育所や幼稚園に通っていたお子さんなど様々です。

 

生活経験の差はありますし、できること・苦手なことも違いますが、「学校生活」を知り慣れるための支援は、どの子にも必要となります。

 

自分の下駄箱やロッカーの位置、担任の先生、教室やトイレの場所、一日の流れなど…

とにかく初めてのことだらけですね(^^)

 

お子さんだけでなく、ご家庭への連絡などもより丁寧さが必要になるかと思います。

親御さんご自身が経験してきた学校生活とは異なる部分があったり、初めての入学となると不安なことも多かったりすると思います。

 

そして教員側も、1年生の子どもたちを知ることがとても重要で、大変なことです。

 

就学前の引き継ぎや保護者面談、体験授業など、たくさんの前情報があり、学部全体で共有して新年度を迎えています。

ですが、やはり実際に一緒に過ごすことでしっかりと実態把握ができるのだと感じます。

 

前情報を頭に入れていても、

「あれ?コレは苦手じゃなかった?」とか

「園ではできても、学校ではまだ難しいよね〜」とか

「なるほど、こういうことかぁ〜(納得)」となるのは、よくあることです。 

 

4月中はそんな感じで、お互いに知っていく期間かなぁと思います。

 

 

特別支援学校だろうが、小学校であろうが、1年生さんは手がかかって当たり前…

かもしれませんね。

 

 

本校小学部では、学年別が原則ではなく、異学年が混ざったクラス編成になっています。

集団生活に慣れていたり、新しい環境への順応が早かったり、すでに身辺自立が完璧だったりすると、「本当に1年生?」と感心させられ、クラスとしてはずいぶん助けられる場面も出てきます。

 

 

二つ目は、在校生の引き継ぎです。

 

引き継ぎの業務自体は前年度内に終えていますが、その子が前年度に出来ていたことを、新しい環境でも同じように出来るように支援することが大切になります。

 

クラスのメンバーが変わり、教室が変わり、環境設定の配慮はあっても、前年度と全く同じにはなりません。

そして、特に、新しい担任との関係作りは非常に重要です。

 

 

・担任が変わったことで不安になるお子さん。

・担任が変わったこと自体は問題ないが、語調や言い回しなどの違いで、指示が入りにくくなるお子さん。

・お試し行動をして、「どんな反応をするのかな」と新担任の様子を見るお子さん。

・特定の先生としか落ち着いて過ごすことが難しいお子さん

 

…など、人との関係の中で、障害が生まれたり軽減したりするケースも少なくないと感じています。

 

もちろん、

いい意味で他者に影響を受けず、動じず、自分の力を発揮できるお子さんもたくさんいます(^^)

ステキで、必要な力だと思いますが、見方によっては「もう少し他者と関われるといいな」と願う支援者(保護者さんや教員)もいるかもしれないですね。

 

 

すみません、少し逸れました。

新しい担任と適切な関係を作りつつ、これまで通りの力を発揮できるよう環境や支援を整えていくことも、4月当初の重要なことのひとつです。

 

できる力を想定してクラス編成を組んでいますので、2年生以上のお子さんがこれまで通りの様子で4月をスタートできることが、1年生への手厚い支援にも繋がります。

 

なので、困った時には前年度の担任に聞きに行くことや、可能ならば助け舟を出してもらうこともあります。

 

どのクラスも大変な時期ではありますが、学部全体で子どもたちを見ていく姿勢、フォローし合う姿勢があると、とても安心だし働きやすいなと感じます(^^)

 

 

 

では最後、三つ目の重要なことです。

 

どんなにバタバタしていても、ミスをしないということです。

 

これは…本当に、本当に気を付けていても、何かミスしてしまうのが新年度はじめの怖いところなのです。

 

ミスにも色々ありますが、ここで取り上げるのは個人の物の入れ間違いや、忘れ物などです。

 

身辺自立に向けて練習中のお子さんはとても多く、自分を荷物を全て正しく持って帰る、ということは容易ではありません。

 

間違えて隣のロッカーのお友だちの荷物をリュックに入れてしまったり、

好きなものを勝手に持ち帰ろうとしたり、

水筒や連絡帳を入れ忘れたり…

 

年度はじめというのは、まだ指導支援が十分でないことや、担任が一人ひとりの全ての荷物を把握しきれていないこと、そしてとにかく忙しくバタバタしていることから、ミスが起こりやすくなってしまいます。

 

 

例えば、

トイレにかけてある手拭きタオルを持ち帰り忘れたとして、

「それくらい大丈夫です、うちの子も気付いてなくてすみません」などと言ってくださる親御さんもいます。

 

でも、もしそれが水筒だったら?

下校のスクールバス内や放課後等デイサービスで喉が渇いて困ってしまうかもしれません。

 

連絡帳の入れ間違えだったら?

家や学校の様子など、プライベートが他者に漏れる可能性があります。(放課後等デイサービス含め)

 

タオルでも着替えた服でも、何でも、その子が特に大事にしてこだわっている物品だったら?

自宅で怒ったり泣いたり調子を崩してしまうかもしれません。

 

そして、

何か大変な事態に繋がらないとしても、忘れ物をしてきたら、「しっかり見てもらえていないのかな?」と、不安になる親御さんもみえると思うのです。

 

 

また、年度はじめは、個人情報にかかわる書類の行き来があり、様々な健診関係、重要なお便りなどの配布物も多いです。

万が一、それらを入れ間違えてしまったら大問題です。

 

そういったミスが絶対に無いように、目まぐるしく忙しい中でも細心の注意を払うということが、とても重要で大変です。

 

 

個人の持ち物については、基本的に毎日の荷物は決まっています。

ですが、ご家庭によって若干やり方が違ったり、+αの持ち物があったり、個数が違ったり、記名が薄いor無かったり…します。

 

担任が、児童一人ひとりの荷物を全て覚えきらない4月当初は、特に注意が必要です。

 

 

また、ダブルチェックをしてから下校するという原則ですが、チェック要員に1人を割いたら、帰りの会などの指導支援が手薄になりますよね。

 

もしも自傷や他害、トイレの失敗などの事態が起これば、瞬時に動く必要もあります。

 

 

それから…

「何としてもコレを持ち帰る!」や

「コレは置いて帰るものなんだ」など

強いこだわりから、担任の見ていない隙に行動するお子さんもいます。

実態把握、指導支援が十分にできていない4月にこそ起こりやすいミスなのです。

 

 

 

私は今年度から非常勤講師という立場になりましたが、これら気を付けるべきことは、変わらず十分に気を付けているつもりです。

 

自分ひとりの目だけで子どもを見ようとしない。

自分しか見ていない様子は逐一報告し、共有する。

また、他の先生が対応した時はどうだったか擦り合わせる。

 

持ち物や提出物・配布物も同様に、クラス担任全員が同じことを知っているようにする。

 

ミス防止になるとともに、自分を過信せずに常に協力し合う姿勢でいることを心がけています。

 

 

GWを挟むことで少しリズムが崩れているお子さんもいますし、4月から気を張って頑張ってきた疲れが出始め、体調を崩しやすい時期だなぁと感じます。

 

梅雨になると、雨でお外に出られず発散できなかったり、低気圧によって調子が崩れたり、寒暖差で自律神経が乱れたりもします。

 

学校でもご家庭でも、子どもも大人も、頑張れる心と身体が整うよう、やはり健康第一だなぁと感じます。

 

みなさまもどうぞご自愛くださいませ。

お読みいただき、ありがとうございました(^^)

非常勤講師になってみて思うこと

こんにちは、kinosatoeです。

前回の記事からずいぶん日が空いてしまいました。

3月末で退職し、教諭ではなくなりました。

 

現在は、これまでと同じ学校で、非常勤講師として勤務しています。

 

3月4月は、自分の身辺整理ということで、書類や教材など…ひたすら片付けをしていました。

また、これまで十分にできなかった家のことも、落ち着いて行うことができています。

 

今日は、非常勤講師になってから仕事について思うことを書いていきます(^^)

 

 

 

勤務日は、平日の5日間全てではありません。

また時間も、登校から13時頃までです。

 

そのため、校務分掌やクラス運営に関わるデスクワークはありません。

 

担当クラスは決まっており、複数担任の一人(一部)として入れていただいています。

 

そのため、同じクラスの先生にとっては、クラス運営のデスクワークを分担できる人員が少ない状況ですね…

この点については、これまでの同僚の立場として申し訳ない気持ちがあります。

 

ただ、担任数は2〜3人で、もともと完全に均等にはならないので、「今の自分にできることをしよう」という気持ちです。

 

 

さて、クラス内では、これまでと同じように子どもたちの支援にあたっています。

授業の準備や教材研究はしませんので、主担当として前に立つことはほぼないですが、用意してもらった物を用いて部分的に担当したり、個別での課題の指導はします。

基本的に、メインティーチャー(MT)ではなく、サブティーチャー(ST)の立場です。

 

ただ、相担さんの指示通りに動くということではなく、指導方針や意向に沿いつつ、相談しながら支援にあたるようにしています。

 

昨年度までの担任経験を考慮してクラスが組まれていること(もち上がりのお子さんがいる)や、自分自身が日常の流れを把握していることから、これまでとほぼ同じような動き方をしていますが…

意識としては、「自己主張はせず控えめに」といった感じです。

 

フルタイムではない自分が出しゃばると、相担さんがやりにくいと思いますし、児童も指示や支援が統一されず混乱してしまいます。

 

 

…とは言いつつ、信念をもたずに何となく支援をしているわけではありませんので、

「この子にはこの支援がいいかな」

「このやり方を統一して進めてみたいな」などと思うことはあります。

 

特別支援教育が嫌になって退職したわけではないので、こういった葛藤みたいなものは生まれます。

 

そんな時には、このように考えるようにしています。

「これが100点!という完璧な支援方法はない」

「色んな接し方それぞれに、良さがある」

「経験全てに何らかの意味がある」

 

 

 

特別支援教育ですので、障害特性に応じた【必要な支援】(合理的配慮と言いましょうか…)は存在します。

それらはおさえた上で…

 

最適な支援を模索することは大事だけど、こだわってはいけない。

色んな人と接して、色んな支援を受けることで、子どもたちの経験や学びが増えるし、支援者も新たな発見や学びがある。

 

そんな風に考えると、自分の気持ちや考えが柔軟になり、強すぎる責任感や使命感が和らぎました。

 

 

障害があってもなくても、子どもたちの教育に対して責任感は不可欠ですが、プレッシャーを感じることとは違うのかなと…

うまく言語化できていない気がしますが(^^;)

 

 

 

それから最後になりましたが、

デスクワークや会議がないって本当にいい…ですね。

"仕事に追われる"という感覚がないです。

 

現場の先生方を前にしたら、申し訳なくて大きな声では言えないです。

本当に大変な仕事をされていると思います。

 

直接子どもたちに関わる作業でなくても、学校運営・クラス運営を支え、結果的に子どもたちに還る仕事です。

 

だからこそ、「今の自分にできることをしよう」という気持ちです。

授業で使える映像教材をスマホで作ったり、自分の買い物ついでに教材を調達したり、家にある教材を貸したりなど…

フルタイムの先生方の負担が少しでも減るといいなと、いつも思っています。

 

 

私は、手厚い福利厚生や安定した給与を失いました。

ですが、特別支援教育に携るという願いは保ちつつ、労働時間を減らした分、我が子と過ごす時間を増やすことができました(^^)

 

非常勤講師として、これまでと同じ学校で勤務できることに本当に感謝しています。

 

 

 

お読みいただき、ありがとうございました(^^)

特支教員としての力量とは

こんにちは、kinosatoeです。

暖かい日が多くなり過ごしやすいなと感じる一方、気温の変化による体調不良が、自分も子どもたちにも見られる季節だなと感じます。

 

暖かくなると、血管が広がり血圧が下がり、ぼんやりと緩慢になったり眠くなったりしますね。

 

スクールバスで登校中に珍しくぐっすり寝てしまい、着いても起きない…ですとか、

椅子に座ったままぼんやりとして、指示への反応も薄い…ですとか、

そんな姿がちらほら見られました。

 

さて今日は、特支教員の力量ってなんだろうか。

そんなことをふと考えましたので、書きたいと思います。

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力量がある先生は、つまりどんな先生でしょうか。

 

自分が学生の頃、「授業は分かりやすいけどちょっと怖い」とか、

「自分たちの学年では子どもにも保護者にも慕われてたのに、他の学年では煙たがられていた」などの様に、

 

良い面も悪い面もある みたいなことだったり、

価値観の違いで捉え方が違ったりすることがありました。

 

ですので、力量がある先生は〜…と一概に言うことは難しいなぁと思います。

 

 

では改めて、特別支援教育における力量とは。

 

私が一番に思いついたのは、

【広い視野と柔軟な発想、気付く力】です。

 

さらに付け加えるとしたら、

【広い視野と柔軟な発想、気付く力】で得た何かを

【実行する力、対応力】もですが、

 

前者がある先生は、もれなく後者も持ち合わせていることが多いと感じます。

もしくは、周囲に協力を求めながら行動していける先生だと思います。

 

 

特別支援教育においては障害特性の理解は必須ですが、どれだけ知識が豊富でも、それが指導力・支援力として活かせなければ、力量のある先生とは言えないのかな、と思うのです。

 

 

ここからは、特に小学部を想定した話にします。

 

知的障害のあるお子さんの、物の見え方、音の聞こえ方、さまざまは感じ方は、教員である私たちとは全く異なるものだと思います。

 

教員でなくとも、社会の多くの人とは違い、故に、障壁となるものが生まれているのだと考えています。

特別支援学校で働いていると、「ここが一般社会」「この子たちはごくごく普通」と感じてくることがあります。

教員数より、児童数の方が多いですからね。自分の方が、子どもたちの世界に馴染んでくる感覚でしょうか。

 

 

そして、一人一人がそれぞれに全然違うのです。

例えば同じ診断名でも、認知や感覚まで全く同じではないということです。

(障害特性として共通することも、もちろんあります)

 

 

そんな子どもたちと接するとき、【広い視野と柔軟な発想、気付く力】があると、どんな風に活かされるでしょうか。

 

例えば

 

偏食の理由はどこにあるのかな?ということに気付き、改善策に辿り着きやすいです。

食べることを拒否するお子さんは、促されると拒否します。そこしか見なければ、とても理由は分かりません。

「こんな少しだけだよ!食べてみて!」で、食べてくれたら苦労はしないわけです。

 

においなのか、温度なのか、具材の色や形なのか、はたまた盛り付けられた器の問題なのか…

広い視野で子どもとその食べ物を捉え、これはどうかな?と試行錯誤し、その中で見せた子どもの些細な反応を見落とさない。

 

そうすると、「食べられたねー!」という成長

につながるのです。

 

 

他には、

とにかく何かにつけて拒否が強い、大声を出したり泣いたりして取り組めないお子さん

についてはどうでしょうか。

 

どこに拒否ポイントがあるのか?を突き詰めず、「一緒にやってみよ!」「見てるだけでいいよ!」だけでは、根本解決にならなかったり、その子がただ我慢するだけだったり、逆に拒否を強めてしまったりする可能性があります。

 

この場合では、

活動を用意した教員はもちろん全て把握してるけれど、子どもにとっては「何をするか分からない不安」があったかもしれない。

そこに、その子特有の苦手要素がほんの少しあったのかもしれない。

 

「やらせられる」感覚に拒否が強く、活動内容は苦手でないけれど、教員の提示方法や誘い方が適切じゃなかったかもしれない。

 

一斉授業の周囲の音や周りの視線が耐えられず、嫌だと言う表現方法も分からず泣いていたのかもしれない。

 

 

無限の可能性が考えられるのです。

その可能性の中から絞っていくためには、普段の様子からその子の特性や世界を想像する力が必要ですし、些細な言動に気付かなければなりません。

 

細かい視覚支援のスケジュールが手元にあると安心したとか

選択肢さえあればできたとか

「嫌だ」の意思表示の方法(カードやサイン)を習得したら、泣かずに見ることだけはできたとか

 

そんな成長につながると思います。

 

 

この様な例えも、挙げ出したらキリがないのですが…

小学部のお子さんに多そうなケースで書いてみました。やや低学年よりですね。

 

例えがネガティブな内容になってしまいました。

もちろん、ポジティブな面を更にのばすというケースもありますよ。

また機会があれば書いてみたいと思います。

 

 

また、少し指導的な意味合いが強くなりますが、

入学まで集団生活の経験がなくルールに沿って動けないとか、

大人の指示がほとんど通らないとか、

そういったお子さんが入学されることも珍しくはありません。

 

お子さんにとっても、「友だちを待つ?!」とか、「言われた通りにする?!」などと困惑することだと思います。

 

この場合でも、

【広い視野と柔軟な発想、気付く力】があれば、無理強いしてルールに従わせるのではなく、その子の段階に応じて低いハードルの課題設定をしたり、

好みからヒントを得て、楽しくルールのある活動が設定できたりします。

 

指示の仕方ひとつでも、その子の気を引きやすい言葉、声量、タイミングに気付き、即座に実行できる力のある先生は、本当にすごいです。

 

そして、そういう先生は、少しのことでも即座に褒めてくれます。

お子さんが「ハッ」とした瞬間や、ほんの一つでもできたことに気付いてくれるからです。

 

「〇〇先生の言うことは聞くんだよね」なんてお子さんも実際によくいますが、それはその先生が怖いからではなく、

その子の特性に合わせて分かりやすい指示をくれるから。

些細なことでも褒めたり認めたりしてくれることで、正しい行動が分かり、自信がもてるから。

 

だと思うのです。

 

 

小学部のお子さんはおしゃべりしない子も多いですし、言葉はあってもコミュニケーションは成り立たないとか、暴言など不適切な表現になるケースもあります。

 

そして、教員とは異なる見え方や聞こえ方、感じ方で生活しているわけです。

 

だからこそ、教員は自分の価値観や感覚にとらわれず、広い視野で柔軟に考え、アンテナ高く気付いて支援にあたる力が必要ではないかな…と考えています。

 

 

私は、そんな力量のある先生方にたくさん出会いました。

一年間で見違えるほど落ち着いたり、できることが増えたりします。

 

自分もそんな先生でありたいなと、振り返りながら書きました。

 

お読みいただき、ありがとうございました(^^)

 

3学期明けて考えること

こんにちは、kinosatoeです。

私の住む地域では、冬休みが明けて2週目に入りました。

 

夏休みほど長くないですし、お子さんたちの生活リズムはさほど崩れていない印象です。

 

ただ、コロナやインフルエンザが増えています。

風邪っぽい症状だけでなく、

いつもは平気なことなのに怒っているとか、

逆に穏やかすぎてボーッとしているとか、

排尿が少ないとか、

 

言葉で「調子が悪い」とは言わなくても、よく観察していると、普段と違う様子が顕著に現れることはよくあります。

そういった点を見落とさないようよく観察して、小さなことでもご家庭に報告することを大切にしています。

 

さて今日は、

怒涛の3学期について、新学期になって考えていることを書いてみます。

 

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新年が明けると、【来年度が近づいてきた…】と、ついつい意識が向きます。

来年度の新入生が、もうすぐ決定するという時期です。

入学者数が決まると、クラス数が決まります。

クラス数が決まると、教員数が決まります。

 

初めの頃の投稿でも触れましたが、

教員数が十分でないために、子どもたちの活動が制限されたり、支援が行き届かなかったりします。

また、教員側も、1人違うだけで天と地ほどの差に感じるほど、大変さが変わります。

 

なので、「来年度は教員数どうかな?」と気になる先生方は多いと思います。

 

もちろん、「どんなお子さんが入ってくるかな?」も気になりますが、何というか…

どんなお子さんが入学してきても、やることは変わらない、と言いましょうか。

 

個に応じた支援ですので、取り組む内容は違うのですが。

 

支援者としての心構え、すべきことは変わりません。

「どんなお子さんに会えるか楽しみ」

「どんなお子さんもどんとこい」

と、私は思ってきましたし、多くの先生が同じ気持ちだと感じてきました(^^)

 

ですが、教員数だけは…

「1人でも多く欲しい」と切実に願ってしまいます。

 

 

また、来年度に意識が向くのと合わせて、

現在担任しているお子さんが、ここまでどんな風に成長してきたかな?

進級するにあたって、あと2.3ヶ月でどんな力を伸ばしておく必要があるかな?

来年は、さらにどんな力がつくといいかな?

…と考えています。

 

1学年の締めくくりですね。

 

学校にもよるとは思いますが、高等部の入試のためお休みがあったり、

入学説明会のため変則日課だったり、

卒業式だったり、学校全体としても忙しいです。

 

バタバタだけれど、すべき支援は丁寧にしたい。

1年間頑張ってきた子どもたちに、なるべく多くの楽しい思い出や経験をもたせてあげたい。

 

そんなことを考えながら日々を過ごすうちに、きっとあっという間に3月を迎えると思います。

 

 

そして、少し先の話にはなりますが、

学校の年度末というのは、

【終わった瞬間始まる】、むしろ

【終わる前から次が始まっている】

そんな感覚があります。

 

3月の20なん日に終業式を迎え、

4月の1日には、新年度の職員会議が始まるのです。

この10日足らずの間の忙しさといったら…という感じです。

 

忙殺されないよう、今から計画的に仕事をしなければ…!

と考えているところです。

 

 

子どもたちの体調管理に気を配るとともに、自分自身も体が資本ですので、体調を崩してしまわないよう気を付けます。

 

今日もお読みいただき、ありがとうございました(^^)

 

障害のあるお子さんが被災したら

こんにちは、kinosatoeです。

 

一昨日は特別支援学校の避難訓練について書きました。

今日は、学校に限らず、例えば避難所で過ごすなど被災してしまった時のことを考えてみます。

 

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知的障害のあるお子さんが避難する際、不安材料となる点はいくつかあります。

それらの詳細や、周囲ができること、本人が付けておきたい力など…

対策?となるかは分かりませんが、書いてみます。

 

 

一つ目は

【多動、衝動性、不注意、こだわりなどから、安全に外を歩いて避難することができるか】

避難経路がどんな道かによりますが、気になることがたくさんあったり、こだわりがあったりして、スムーズに経路通りに歩けるとは限りません。

 

ご家庭としてできることは、日頃から家の周りを歩いておくことかと思います。

どこか危険そうか?お子さんがどこが好き/怖いか知っておくこと。

 

そして学校では、例えば

「外を歩くときはかならず手を繋ぐ」とか

「行きたい所があっても我慢して、決められた道で目的地まで歩く」とか

「先生や友だちと、集団で歩く」とか

そういった意識をもたせることと、実際にできるように練習する必要があると思います。

 

ご家庭の話に戻りますが、できるのであれば、日頃からご近所さんや地域の方にお子さんのことを知っていてもらうことは、非常に重要なことです。

 

避難する際に、安全確保の補助をしてもらえるかもしれない。

親御さんがお子さんに集中できるよう、荷物を持ってくれるかもしれない。

…そんな可能性が考えられます。

 

 

 

不安な点 二つ目です。

【避難所で落ち着いて過ごすことができるか】

初めての場所、いつもと違うルーティン、人がたくさんいてざわざわした空間、音やにおいの刺激など…

障害がなくても避難所生活はとても厳しいものですが、障害特性としてや、感覚的に人一倍辛い思いをする可能性があります。

 

そして、それを言語や身振りで周りに伝えることも、難しいお子さんは多いと思います。

 

 

では、そんな状況で、あるといいな…と思う配慮や、お子さん自身の力とは。

 

・安心できる居場所の確保

例えばお気に入りの毛布、クッションやイス…など、「この場所にいればOK」と思える、居場所の目安となる何かがあるといいかと思います。

多動のお子さんは、あちこち動き回りたい・動いてしまう様子が見られますが、「ココだよ」という居場所としての対象物があると、その場に留まりやすいと思います。

それが、お気に入りだったり、普段の生活で使っている物だったりすると理想ですね。

 

・感覚過敏への配慮

ざわざわした空間が苦手なお子さんは多いと思います。可能であれば、出入り口の近くや隅っこ、音が反響しにくい所など…でしょうか。

(多動や衝動性が強いお子さんは、出入り口付近だと飛び出しの危険⚠️もありますので、一概には言えませんが)

 

また過敏ではないですが…

体温調節が難しく、特に熱がこもりやすいお子さんはとても多いです。

熱中症の危険性も高いですし、身体面の不快から他害や自傷が出てしまうこともあります。

 

 

お子さん自身としては、苦手な刺激を軽減するグッズを持っておくといいと思います。

イヤーマフといって、ヘッドフォン🎧のような物を持ったり常に着けたりしているお子さんもいます。

 

家庭では特に問題がなくても、学校など集団に入ると、周囲の音が原因で活動に支障が出るということはよくあります。

 

学校で試着したり、先生から打診されることもあるかもしれません。

常に必要でなくても、「うるさくて嫌な時は着ける」状況があるようなら、是非ひとつ持っておくといいかな、と私は思います。

 

災害時に限らず、テーマパークやゲームセンターで、イヤーマフのおかげで楽しめた!というお子さんもいらっしゃいますよ(^^)

 

 

続いては

・好きなこと(余暇)  を持つこと。

興味関心の幅が限定されていて、好きなことや楽しめることが少ない、というお子さんは結構います。

 

決められた工程をその通りにこなすことが得意なお子さんも多く、「いつも通り」であることで落ち着いて過ごせるのですが、

「休み時間だよ、好きなことしよう」となると、これと言って好きなおもちゃや遊びもなく、教室内を歩き回ったり外に出ようとしたりしてしまうのです。

 

なので、例えばおもちゃ、絵本、ビーズ遊び。タブレットなどでもいいです。

 

避難所での時間を過ごす術として、好きなこと、楽しめることをなるべくたくさん持っておくといいと思います。

 

災害時、好きなことが思うようにできないことは想定されますが、お子さんの好みが分かっていれば、工夫できることもあると思います。

 

学校でも、興味関心の幅を広げるために、さまざまな物事を経験できるよう意識しています(^^)

 

 

最後は、

・状況を視覚的に分かるようにすること。

 

例えば、家になぜ帰れないのか?

道が崩れたり家の中が散らかって危険なことを画像などで示す。

 

いつまでここにいるのか?を、カレンダーを使って示す。

 

今日することを、手順表や画像で順に示す。

…などでしょうか。

 

他にも、何か食べたい?とか、暑い寒い?とかの質問も、口頭だけでは分かりにくかったり答えることが難しかったりします。

視覚的に分かるように、実物を示して尋ねることも有効だと思います。

 

「分からない不安」を取り除くため、視覚的な手法を用いることは重要かと思います。

 

 

 

二つ目が長くなりました。

三つ目の不安は、

【非常食が食べられるかどうか】です。

 

健康状態に直結する問題ですね…

 

ご家庭でも学校でも、偏食の課題があるお子さんは多く、どんな苦手さがあるかは様々です。

・野菜全般食べられない

・白ごはんはダメ(ふりかけや海苔が必要)

・白ごはんしか食べない

・具材が混ざっていると食べられない

・何の食材か分からないから食べられない

・特定の食感のものは食べられない

・決まった食器じゃないと食べたくない

・熱さ、冷たさが理由で食べられない

・初めてのものは食べられない

 

…などでしょうか。

 

好き嫌いの問題だけではなく、味覚や嗅覚、温度、認知面など、お子さん本人も困っている要因があって、偏食になってしまっていることがあります。

 

非常食は、種類も豊富になり味もどんどん美味しくなっているとはいえ、普段食べ慣れていないもの、であることには変わりないかと思います。

 

なので、ご家庭で非常食を用意される場合は、好みに合わせるのはもちろん、時々食べて慣れておくといいかと思います。

パッケージも見慣れておくと、「これは好きな食べ物!」と安心できるかと思います。

 

また、避難所では、支援物資として非常食ではない食品が届くこともあるかと思います。

お子さんが見慣れている、食べ慣れている、食べ物が手元に届くといいな…と願います。

 

 

学校としてできることは、

苦手なものを減らすこと、だと考えています。

 

完食できれば花丸ではありますが、無理して、辛い思いをして、食べることが嫌になって、完食する必要はないです。

 

お子さんの実態に合わせて、

ほんの一粒だけ頑張ろう!と、葛藤しながら一粒食べる子もいれば、

好きなものと交互だよ、と交渉しながら苦手な物も食べる子もいます。

 

噛まずに出してもいいから口の中に入れてみよう、という段階から取り組むお子さんもいます。

 

苦手だけど頑張れた!と本人が自信をもてたり、

褒められて嬉しいと思えたり、

頑張った分のご褒美があったり、

 

お子さん本人が頑張ろうと思える支援をして、少しずつ少しずつ慣れることを目指します。

 

でも、

口に入れることすら嫌なのに…無理強いなのでは、と感じられるかもしれません。

ですが、不思議なことにすっごく嫌がってたお子さんでも、ずーーーっと状況が変わらない、ということはないんです。

 

食べてみたら大丈夫だった、とか

だんだん美味しくなってきた、とか

食全般の抵抗感が減った、とか

 

入学当時のまま1年生を終えるお子さんに、私は今のところ出会ったことがありません。 

 

ご家庭では難しくても、学校だとやりやすいことは、「きっかけ作り」だと思います。

環境が変わること、新しい先生に出会うこと、自分と同じように頑張っている友だちに出会うことで、変化が生まれやすいのだと思います。

 

 

…非常食の話のはずが、偏食の取り組みの話が長くなってしまいました。

すみません。

 

被災・避難所生活という過酷な状況では、空腹でないこと、好きなものが口に入ることが、心と体の健康を支えると思いますので、しっかり備えておきたいと思います。

 

 

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【多動、衝動性、不注意、こだわりなどから、安全に外を歩いて避難することができるか】

【避難所で落ち着いて過ごすことができるか】

【非常食が食べられるかどうか】

 

の三つの不安について書きました。

細かく考えれば、もっと様々な不安があるとは思います…

でも、障害のあるお子さんには不安だらけ、というわけではありません。

 

状況判断に長けている子もいるし、

安全に過ごせる子もいるし、

自分のことより家族のことを心配して過ごす子もいると思います。

 

障害特性ゆえに、周囲の人が気付きにくいこともあるけれど、お子さんの内面にはたくさんの思いや頑張りが詰まっています。

それらを信じつつ、困難さがあることに配慮して、必要な時はいつでも手を差し伸べられる環境であるといいな…と願います。

 

被災地で頑張っている皆さんへ、お見舞い申し上げます。

心と体が休まりますように。

 

 

お読みいただきありがとうございました。